Vol.18

最新鋭気象レーダと「富岳」で
未来の天気予報を実証

総務省 国際戦略局 技術政策課研究推進室

冨士原ふじはら 大介だいすけ さん

担当者紹介

2025年4月に始まる大阪・関西万博。その開催に合わせて、「未来の天気予報」の実証実験が計画されています。具体的には、最新鋭の気象レーダとスーパーコンピュータ「富岳」を使って局地的大雨、いわゆるゲリラ豪雨の発生を高精度に予測し、その結果を配信するというプロジェクトです。計画を主導する総務省の担当者である冨士原さんに、計画の全体像と、実証実験の成果が将来どのように生かされるのかについて伺いました。

先端技術を結集したプロジェクト A Project That Brings Together Cutting-edge Technology

大阪・関西万博のコンセプトは「People's Living Lab − 未来社会の実験場」。万博会場を挑戦の場として、政府、研究機関、企業、スタートアップなど多様なプレイヤーが共創・連携し、社会的課題を解決する姿をショーケース化しようというものです。このコンセプトの実現に向けて各省庁が2021年からアクションプランの策定に取り組んできた中で、総務省が策定したアクションプランの一つが「未来の天気予報」(正式名称は「リモートセンシング技術による高精度データの解析及びリアルタイム配信の実証」)です。

「総務省は2008年頃から情報通信研究機構(NICT)等と連携して気象レーダの開発を進めてきました。近年は、マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR[エムピーパワー])と呼ばれる最新鋭の気象レーダの開発に注力しており、ちょうど万博の少し前の時期に、神戸市と吹田市で稼働を始める予定となっていました図1。そこで、この2台のMP-PAWRで万博会場を含むエリアを観測し、得られる膨大なデータを解析することで高精度な気象予測を行うという実証実験が計画されたのです」と、冨士原さんは説明します。

図12台のMP-PAWRと万博会場の位置関係

MP-PAWRは、半径60km、高さ14kmの範囲を約30秒で立体観測できる。NICT未来ICT研究所(神戸市)と大阪大学(吹田市)に設置された2台の観測可能範囲が重なる部分に、万博会場がある。NICT提供図版を改変。

この実証実験では、30分先の気象予測を30秒ごとに更新する計画で、特にゲリラ豪雨の発生を予測することを目指しています。MP-PAWRによる観測から予測結果の発信までを短時間で行うために、さまざまな先端技術が結集されました図2。気象予測を行うためには、理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)のデータ同化研究チームが「富岳」を使って膨大なデータをリアルタイムで解析しますが、それだけでありません。「まず、観測データを気象予測に使えるように変換するために、防災科学技術研究所が開発したアルゴリズムを使います。次に、膨大なデータをネットワーク経由で素早く送るために、総務省の委託研究開発によりPreferred Networks(プリファードネットワークス)社が開発した、AIを用いたデータの圧縮・復元技術を活用します。この技術でデータは圧縮後に伝送され、R-CCSのサーバで復元されたのち、『富岳』で解析されます。解析結果は、理化学研究所(理研)のウェブページと、エムティーアイ社のスマホアプリ『3D雨雲ウォッチ』でリアルタイムに配信します」。このように、冨士原さんは本プロジェクトにはさまざまなプレイヤーが参加することを強調します。

ただし、「富岳」を使用できるのは万博期間中の1カ月間のみです。この実証実験では最大で「富岳」の全ノードの約16%にあたる約26,000ノードを占有することが考えられており、他の研究にも必要とされる「富岳」を使用できる期間は限られているのです。

図2実証実験の全体像

総務省主導の下、国立研究開発法人である防災科学技術研究所、情報通信研究機構、理化学研究所と、民間企業であるPreferred Networks、エムティーアイとが協力して、MP-PAWRによる観測から気象予測結果の発信までの実証実験を行う。気象予測結果は、万博来場者等への発信や、万博を運営する博覧会協会(2025年日本国際博覧会協会)への提供も検討されている。なお、気象予報は、気象庁の審査、許可を受けられれば、民間の事業者であっても行うことができる。総務省作成の図を改変。右上の予測イメージ図は理化学研究所ウェブページ(https://weather.riken.jp)より。3D雨雲ウォッチロゴ、イメージ画面は(株)エムティーアイ提供。

ゲリラ豪雨の観測に最適な気象レーダ The Ideal Weather Radar for Observing Guerrilla Downpours

今回の実証実験で、ゲリラ豪雨の予測を目指しているのはどうしてでしょうか。冨士原さんは、その理由を「近年、ゲリラ豪雨は増加傾向にあり、河川の急激な増水で人命が失われたり、地下鉄やアンダーパスが浸水被害を受けたりして大きな社会問題となっています。しかし、ゲリラ豪雨をもたらす積乱雲は発達が速く、発生から20分ほどで降雨が始まるため、その10分ほど前の『豪雨の卵』の段階で検知しないと、避難などの対策がとれません。そこで、従来の気象レーダに比べて高速で立体観測が可能なMP-PAWRを使うことで、豪雨の卵の検知を行おうと計画したのです」と話します。

気象レーダは、アンテナを回転させながら大気中に電波を放射し、反射波を分析することで雨雲や雨量などを調べる装置です。現在、気象庁や国土交通省が運用しているのはマルチパラメータのパラボラアンテナ式の気象レーダ図3左で、降水の予測や空港周辺における風の計測などに使われています。マルチパラメータとは、水平偏波(電場が水平方向に振動する電波)と垂直偏波(電場が垂直方向に振動する電波)の2種類の電波を使うことを意味します。この方式は、高精度な雨量観測や粒子判別が可能ですが、パラボラアンテナの角度を上下に変えながら何度も回転させて観測するために、立体観測には約5分かかります。

これに対し、MP-PAWR図3右は、複数のアンテナ素子を規則的に配置したフェーズドアレイアンテナによって鉛直方向を電子的に走査する方式を採用しています。アンテナを1周させるだけで立体観測ができるため、観測時間は約30秒で済み、しかも、観測範囲に抜けのない高密度な観測が可能です。「30秒で観測できれば『豪雨の卵』を検知できます。実際に、MP-PAWRの前身であるフェーズドアレイ気象レーダ(水平偏波のみを使用)で豪雨の卵の形成・成長・下降をとらえることができました図4」と、冨士原さんは観測時間が短いことの意義を説明します。

図3従来型レーダとMP-PAWR

従来型レーダは、パラボラアンテナの角度を12段階に変え、その都度回転させて立体観測を行う。MP-PAWRは、フェーズドアレイアンテナにより鉛直方向を114段階に分けて一度に観測するため、アンテナを1周させるだけで立体観測が可能である。MP-PAWRでは、観測時間が約5分から30秒へと10分の1になり、観測密度は12段階が114段階と約10倍になるので、単位時間に生み出される観測データは約100倍になる。大阪大学提供。

図4フェーズドアレイ気象レーダによる積乱雲の時系列観測例

レーダによる観測結果を可視化したもの。赤色は雨粒の量が多いことを示す。豪雨の卵(上空での降水)が形成され、成長して下降するまでの様子を詳細に捉えている。この図は2分ごとだが、実際には30秒ごとの観測が可能。NICT提供。

「富岳」で膨大な観測データから素早い気象予測を Quick Weather Forecasting from Massive Observation Data Using Fugaku

ただし、MP-PAWRによる観測データがあれば、すぐにゲリラ豪雨を高精度に予測できるというわけではありません。一般に、観測データから気象予測を行うためには「数値予報」という手法が使われ、現在の天気予報も数値予報の結果をもとに行われています。数値予報では、物理の方程式を解くことで投げたボールの軌道を予測できるのと同様に、現在の大気の状態を初期値として物理の方程式を解くことで大気の状態の変化をシミュレーションします。

数値予報はボールの軌道を予測するほど簡単ではありません。大気の状態の観測データには誤差がつきものですし、そもそも限られた場所や時刻のデータしかありませんから、観測できないデータは推定してシミュレーションを行うことになります。また、予測に使うモデル(方程式の集まり)も完全ではありません。このため、シミュレーションを続けていくと、その計算結果(予測)は、真の大気の状態から離れていってしまいます。これを防ぐために、数値予報ではシミュレーションの途中で予測と観測データとを照らし合わせ、予測を大気の真の状態に近づける「軌道修正」を行います図5。この手法は、「データ同化」と呼ばれます。さらに、数値予報の誤差を見積もるために、複数の初期値からシミュレーションを行う「アンサンブル予報」という手法も使われます。数値予報では、このようにさまざまな手法を駆使するのでスーパーコンピュータ(スパコン)が必要となるのです。

図5データ同化のイメージ

シミュレーションを続けていくと、予測が真の状態からどんどん離れていくため、途中で観測データと照らし合わせて軌道修正する。図では、2つの「予測」をそれぞれ「解析」の位置に変え、そこからシミュレーションを続ける。なお、観測データも、誤差などの影響で真の状態と必ずしも一致しない。三好建正氏提供図を一部変更。

数値予報の技術はスパコンの進歩とともに向上してきましたが、ゲリラ豪雨の予測は、通常の天気予報よりも精密な観測データを高分解能の数値予報モデルで短時間に解析する必要があるため、まだ実現していません。そこで、今回の実証実験には、「富岳」が使われることになったのです。

少し詳しく説明しましょう。まず、MP-PAWRから従来型レーダの100倍の観測データが生成されます。計画では、この膨大なデータを30秒ごとにデータ同化で取り込みながら計算を行います。さらに、アンサンブルの数は多いほど予測の精度が上がるため、今回は1000とする予定ですから、計算量は1000倍になります。しかも、ゲリラ豪雨という局地的な事象を予測するため、地上を500m四方という細かいメッシュに区切ってシミュレーションを行うことが考えられています。「全てを掛け合わせると膨大な計算量となりますが、それだけの計算を3分で終えることを目指しています。このため、政策的に重要な課題について関係機関から文部科学省に提案する政策対応利用課題として、圧倒的な計算性能をもつ『富岳』を使わせていただくことになりました」と冨士原さんは言います。

実は、2021年の東京オリンピック・パラリンピックの際にも、埼玉大学に設置されたMP-PAWRの観測データを「富岳」で解析し、首都圏の30分先までの気象予測を30秒ごとに更新するリアルタイム実証実験が行われました。この実証実験の成果は高く評価され、2023年のゴードン・ベル賞気候モデリング部門※1※1 ゴードン・ベル賞は、アメリカ計算機学会(ACM)が、スーパーコンピュータを用いた科学・技術分野の研究の中で、その年に最も顕著な成果を上げた研究グループに対して授与する賞。1987年に超並列コンピュータの研究者であるGordon Bell氏が創設し、2006年からACMの賞となった。本賞とは別に2023年に10年間限定で気候モデリング部門を対象とする賞が設けられ、気候モデリング分野および、より広い社会に与える影響の大きさとその可能性に基づいて毎年授賞グループが決定されている。のファイナリストに選出されました。今回はMP-PAWRを2台使用します。「MP-PAWRは優れたレーダですが、強い雨が降っていると、その後ろ側からの電波の反射が弱くなる『降雨減衰』という現象が起こります。2台のMP-PAWRで観測すると降雨減衰の影響を受けにくくなり、観測精度が上がるので、より精度の高い気象予測が可能になると期待されます。ただし、データ量は1台のときの2倍になるので、『富岳』での解析は大きなチャレンジとなります」と、冨士原さんは今回の実証試験の難しさを語ります。

「未来の天気予報」の社会実装に向けて Toward the Social Implementation of “Future Weather Forecasting”

本番に向けて、2024年7月にはオフラインデータを用いてデータ同化とアンサンブル計算のテストが行われ、9月にはリアルタイムデータを伝送して解析する接続テストも行われました。その後、予測精度の向上や計算の高速化のための研究開発が進められ、2025年1月には、MP-PAWRでの観測から気象予測の配信までのリハーサルを行いました。最終的に2025年の4月から6月に最終チェックを行い、2025年7月から8月ごろの本番を迎える予定です。

「万博期間中、スマホアプリでは30分先までの雨雲の動きを3次元描画で見ることができ、さらに、30mm以上の大雨が降ると予測されたときにはプッシュ通知を受け取れるようにする予定です。万博に来場される方や関西圏の方々には、スマホアプリや理研のウェブページを通してこの実証実験に参加していただけたらと思っています。2台のMP-PAWRと「富岳」の組み合わせで気象予測がレベルアップしたことを、実感していただけるのではないでしょうか」と、冨士原さんは本番を心待ちにしています。

実証試験後の社会実装にあたっては、AIの活用がカギとなりそうです。冨士原さんは「気象予測のために日常的に『富岳』を使用するわけにはいきませんが、今回の実証実験で『富岳』を使って開発した気象予測モデルを基礎とし、AIを使った予測モデルを開発できるのではと期待されます。また、MP-PAWRの膨大な観測データから有用なものを選び出すのにもAIが力を発揮しそうです」と予想しています。

「今回の実証実験のターゲットはゲリラ豪雨ですが、MP-PAWRの観測能力は、雷など他の事象の予測精度向上にも役立つと考えられます。既存の気象レーダがMP-PAWRに置き換えられるまでには少し時間がかかると思いますが、防災・減災に貢献する『未来の天気予報』の実現に向けて、関係者の方々と研究や実証を進めていきたいと思います」と力強く語る冨士原さん。万博は、未来を引き寄せる大きなきっかけとなりそうです。

ゴードン・ベル賞は、アメリカ計算機学会(ACM)が、スーパーコンピュータを用いた科学・技術分野の研究の中で、その年に最も顕著な成果を上げた研究グループに対して授与する賞。1987年に超並列コンピュータの研究者であるGordon Bell氏が創設し、2006年からACMの賞となった。本賞とは別に2023年に10年間限定で気候モデリング部門を対象とする賞が設けられ、気候モデリング分野および、より広い社会に与える影響の大きさとその可能性に基づいて毎年授賞グループが決定されている。 本文

研究課題名:「富岳」を活用したリモートセンシング技術による高精度データの分析技術及びリアルタイム配信の実証(hp240374)
研究代表者:総務省 国際戦略局 技術政策課研究推進室 井出 真司

担当者紹介

総務省 国際戦略局 技術政策課研究推進室 冨士原 大介 さん

伊丹空港の近くで育ち、飛行機が好きになった冨士原さんは、大学では空飛ぶクルマを研究。卒業後には航空会社に就職し飛行機の整備に携わっていましたが、航空業界全体の安全向上や発展に貢献したいと考えて国土交通省に転職したそうです。2024年7月に総務省に出向し、「未来の天気予報」のプロジェクトを担当しています。実は、飛行機の運航には気象が深く関わるため、冨士原さんは総務省出向前の2023年に気象予報士の資格をとっていたそうで、その知識が現在の仕事にも生きています。また、本プロジェクトには多くのプレイヤーが参加するだけに調整には神経を遣うそうです。多彩な趣味の一つは、オーケストラの一員としてファゴットを演奏すること。休日には、航空業界で役立つさまざまな資格試験に向けた勉強にも励んでいます。

取材日:2024年12月12日

COLUMN Connect

COLUMN CONNECTは、計算科学の研究者によるリレー形式のコラムです。
研究者になったきっかけ、転機となった出来事、現在の研究内容などを研究者自身に綴っていただきます。

東北大学大学院工学研究科
航空宇宙工学専攻
助教

川越かわごえ 吉晃よしあきさん

1兆倍のスケールを

子供の頃からものづくりや科学全般などには興味があり、某放送局の〇〇スペシャル「地球誕生の歴史!」のような番組を食い入るように見ていた記憶があります。高校生の頃にF1にハマり、当時の強かったチームのマシン設計者についた「空力の鬼才」というキャッチフレーズが頭に残り、流体を勉強したいと思い始め、東北大学の機械知能・航空工学科に進学しました。紆余曲折あり配属された研究室は、流体は流体でも希薄気体という当初思っていた空力のイメージからは少し外れた分野でしたが、分子スケールでモノを考えるという文化が私自身に合っていたのか、もっと研究をしたいと思い博士課程に進みました。希薄気体は面白い分野でしたが、今後研究者として生きていくには扱える範囲を広げなければと思い、博士取得後は別の研究室にて液体や高分子の分子シミュレーションに取り組みました。そして、現職では航空宇宙分野における先進複合材料および高分子材料の力学モデルの構築やその数値解析に取り組んでいます。もともと行っていた分子シミュレーションに加えて、量子化学計算による化学反応解析や有限要素法による連続体変形・破壊解析など、マルチスケールな取り組みを行っています。さらに、東大先端研の先生方にご指導いただきながら、航空交通流の研究もスタートさせ、空港内運用におけるスケジュール最適化や、路線に対する機体配置の最適化など、上述の材料研究とはまた毛色の違う取り組みを行っています。さまざまな研究トピックをうまく連動させながら、ブラッシュアップしていくことが今後の目標です。そのような研究活動をしていると、PCの画面の右側では原子が動くシミュレーションを、真ん中では構造物が壊れる解析を、左側では空港の中を航空機が移動するモデリングを行っている時があります。原子(数Åスケール)から空港(数kmスケール)では1兆倍ものスケール差がありますが、このような幅広いスケール・分野の研究が行えるのも数値計算の特徴かと思います。

次は液体・高分子の研究室にいた頃に博士学生として在籍していた、京都大学郭玉婷さんに繋ぎたいと思います。