Vol.15

脱炭素化に挑戦:次世代アンモニア燃料
アンモニアの燃焼シミュレーションでバーナー設計に貢献

香川大学創造工学部
教授
奥村 幸彦 研究者紹介

燃やしても二酸化炭素を出さないアンモニア。2050年のカーボンニュートラル達成に向け、燃料としての可能性に注目が集まっています。ただし、アンモニアは一般に燃えにくい物質であり、強制的に燃やせば有害物質であるNOxが環境基準を越えて排出される可能性もあります。これらの課題を燃焼方法で解決しようと、香川大学の奥村さんは実験とシミュレーションの二刀流で研究を進めています。実験だけでは決して分からない、シミュレーションならではの知見を得た奥村さんは、アンモニア単体を安全に効率よく燃やすトルネードバーナーにたどり着きました。

水素よりも安価でエネルギー効率が良い
アンモニア燃料
Ammonia Fuel: More Cost-Effective and Energy-Efficient than Hydrogen

2050年のカーボンニュートラルを見据えて、水素社会を実現しようという動きがあります。そこで海外から水素(H2)をアンモニア(NH3)に変えて運び、アンモニアから水素を取り出して使うという手法が開発されています。−253℃まで冷やさないと液化しない水素を省コスト・省エネルギーで運搬するためです。しかし、「アンモニアから水素を取り出して水素燃料として利用するよりも、アンモニアそのものを燃やす方がエネルギーロスなしに高いカロリーを得られるのです。水素を取り出すための追加エネルギーも当然要りません」と奥村さんはアンモニアバーナー研究の動機を説明します。

ところが、アンモニアは火を近づけても燃えない難燃性物質です。しかも燃やせば有害物質である窒素酸化物(NOx)も排出されます。国の環境基準では、「NOxの排出はボイラーで150ppm以下、ガス機関で600ppm以下」と定められています。そこで奥村さんはなるべくNOxを出さずに効率よくアンモニアを燃焼させる研究を2017年に始めました。2020年12月に日本政府がグリーン成長戦略※1※1 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の略称。2020年10月に日本が宣言した「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策。成長が期待される14分野の1つとして「水素・燃料アンモニア産業」が挙げられている。WEBサイトの14分野の1つに「水素・燃料アンモニア産業」を選ぶよりも3年も前のことでした。アンモニア燃焼の研究を始めた当時を振り返り、奥村さんは「そもそも燃えにくいアンモニアを燃料にしようなんて挑戦そのものでした。アンモニア燃焼に関する知見もほとんどありませんでした」と言います。

学生時代からさまざまな物質の燃焼研究をしてきた奥村さんは、アンモニアが燃える反応メカニズムと火炎構造を明らかにしなければ、アンモニアバーナーの開発はできないと考えました。それで、実験とシミュレーションの二刀流の燃焼研究を遂行することを決意しました。

アンモニア燃焼のシミュレーション Simulation of Ammonia Combustion

アンモニアを燃やすには、天然ガスの主成分でもあるメタン(CH4)と共に燃やす手法(混焼)が一般的です。しかし、メタンを燃やすとCO2が排出されます。そこで奥村さんは、水素ガスでアンモニアの燃焼を助ける水素保炎バーナーの研究を始めました図1。実験とシミュレーションを同じ条件で行えるよう、燃焼ガスと一緒に送り込む空気の量を調整でき、炎が穏やかに立ち上がる層流と炎が乱れる乱流をつくりだせるバーナーを設計、製作しました。

図1研究に使ったアンモニアバーナー

アンモニアと水素と空気を送り出すリム部。右図では、アンモニア、水素より流速の速い高速エア(8m/s)により乱流を作り出す。一般的に、層流よりも乱流の方が単位空間での燃焼効率が高い。リムの周囲には流れを整流するために、奥村研究室の学生たちがストローを切って敷き詰め、3m/sで空気を流している。この結果、周囲の空気流れの計算も単純化できるようになった。

実験研究では、炎のさまざまな場所で温度を計測しました。加えて、その場所にどのような物質がどのくらい存在しているのか、主な化学種(H2, O2, N2, NH3, NOx, H2O)の量を計測しました。一方で、シミュレーション研究ではAdvance/frontflow/redという流体計算のソフトウェアを使用して、炎の中のあらゆる化学種の分布と反応を詳しく計算し、反応の進行によって温度がどう変わるかも求めました。

アンモニア燃焼の化学反応式は4NH3+3O2→2N2+6H2O と書き表せますが、それは、全ての反応をまとめた総括式です。実際には炎の中で、非常に活性でかつ不安定なラジカルという化学種が生み出されては、他の化学種に変化していきます。関係する化学種は31種、反応式は203式にものぼります図2。それら全てを考慮に入れないと、燃焼の詳細は明らかになりません。その上、水素や周辺の空気との反応や流れ場も複雑に関係してきます。

図2アンモニア燃焼の素反応式の例

研究にはCRECKの反応メカニズム(31化学種、203反応式)を用いた。

「炎と周囲の空気が占有する空間を格子状に区切り、質量保存則・エネルギー保存則・運動量保存則の方程式と気体の状態方程式、さらに化学種の質量保存の方程式(元素の保存)を加えて連立方程式を解きました。化学種の質量保存の方程式以外は気象予測に使われる大気のシミュレーションと同じですが、化学反応(素反応群)を計算に入れた途端に計算量が莫大になります」と奥村さん。

そこで奥村さんは計算量を減らすために、まずは実験室規模のバーナーを対象とし、軸対象性を仮定したり、乱流を時間平均したりすることで、計算精度を保ちつつ格子を粗くできるところがないかを検討しました図3。後のトルネードアンモニア専焼バーナーや、大型バーナーの乱流計算では、大規模な計算(360度範囲かつ大規模空間)に対応できる「富岳」クラスの計算資源に移行しました。

図3実験室規模のアンモニアバーナーのシミュレーション

ガスの出口(リム)付近はメッシュを細かく0.1mm角に、リムから離れた部分は粗く区切り、計算量を減らす工夫をした。軸対称性を仮定して、計算範囲は全周ではなく5度分とした。Area of calculationは計算範囲、burner nozzleはバーナーノズル。

図3~図6出典:日本燃焼学会誌 第64巻208号(2022年)168-176、奥村幸彦ほか「水素保炎型アンモニア乱流拡散火炎の構造と反応解析」より、日本燃焼学会の許可を得て転載。

「研究を始めた当初はアンモニア燃焼関係の素反応式の数を69式にしていましたが、その頃の計算は炭化水素ベースで発展したスキームを使用していたので実験の結果と全く合いませんでした。私の研究と並行してアンモニア燃焼の素反応の解明が進み、アンモニアに関係する素反応の数が増えていきました。203種の素反応式を入れると、ようやく実験結果に近い計算結果が得られるようになりました図4。203もの素反応式数を入れた計算ができたのは、HPCIの計算力があったからこそです」と奥村さんは言います。

図4アンモニアバーナーの実験とシミュレーションの比較(乱流)

上は温度分布。シミュレーションが実験結果とよく一致しており、精度よくシミュレーションができたことが分かる。下は化学種の火炎内分布。シミュレーションとの整合性は出典論文に示されている。横軸はいずれも中心からの距離(半径)、上の6つのグラフの縦軸は温度、下のグラフの左縦軸は化学種の体積分率、右縦軸は温度とNOxの体積分率。ここには示していないが、層流でもシミュレーションは実験結果とよく一致する。

シミュレーションで初めて分かる
アンモニア燃焼のメカニズム
Simulation Is the Only Way to Understand the Mechanism of Ammonia Combustion in Detail

シミュレーション研究の強みについて奥村さんは「実験で得られる計測量には限りがあります。しかも、燃焼で重要な役割を担っているラジカル(Hラジカル、OラジカルやNHラジカルなど)は空間的に計測できません。シミュレーションなら、炎のあらゆる場所でどのような反応が起きているのかを明らかにできます」と説明します。シミュレーション結果から、OHラジカルやHラジカルが乱流により移動・混合し、特に水素燃料由来のラジカルが温度とともにアンモニアの燃焼反応を促進、維持することが分かってきました図5

図5スーパーコンピュータ「富岳」で解析した水素保炎乱流バーナーでのラジカル量

左は炎の温度分布。右上のグラフは赤丸位置(炎の高さ14mm)の温度と化学種量を示している。横軸はバーナー中心からの距離(半径)、右縦軸は温度、左縦軸は化学種の体積分率。右下は各種ガスが出る位置を示す。右上のグラフを見ると、7 < r < 9 [mm]付近(空気混合する領域)において最も高温で、燃焼反応を促進するOHラジカル(ピンク線)、Hラジカル(青線)が補助水素の燃焼により多く発生している。また、水素が燃えて発生した熱はアンモニア噴出部にも伝わって、アンモニアが燃焼化学反応を維持するためのエネルギーを供給している。燃焼に重要なOHラジカルとHラジカルが乱流拡散し、5 < r < 8 [mm] 付近で強制混合されて燃焼が安定に維持されていると考えられる。右下の図のHigh air Velocityは高速エア。

また、奥村さんはシミュレーションであれば、あるNOx分子の窒素源が空気なのか、アンモニアなのかを判別、特定できると考えました。そして、アンモニア由来の窒素原子と、空気中の窒素分子由来の窒素原子を区別して計算しました。すると、空気由来のNOxは水素補助炎の根元の方にあるだけで圧倒的に少なく、炎の先から大気中に放出されるNOxの大部分はアンモニア由来であると分かりました図6-1

図6-1NOxの窒素源

左半分はアンモニア由来のNOx(Fuel NO)の分布。右半分は空気中の窒素分子に由来するNOx(Thermal NO)の分布。

奥村さんは「NOxはそれほど極端なレベルには達しなかった」と振り返ります。その理由もシミュレーションで明らかになりました。窒素原子は酸化されてNOxになり、それが還元されるとN2になります。この酸化還元反応がどこでどのくらい起こっているかを解析してみると、NOxは炎の高温域の少し内側の燃料が多く存在する領域で生成され、ほぼ同じ位置でNOxを消滅させる還元反応も起こっていました図6-2。「NOxの生成と消滅の反応速度は当然、生成の方が勝りますが、消滅(還元反応)も同程度に大きく寄与するのだと分かりました。それで、極端に高い濃度のNOxが発生するという事態にならずに済んでいたのです。これはシミュレーションしたからこそ得られた反応と火炎構造の知見です」と奥村さんはシミュレーション研究の意義を語ります。

図6-2NOxの発生のメカニズム

NOx生成の反応速度(a)とNOx消滅の反応速度(b)。NOxが激しくつくられる領域のすぐ近くで、NOxは同程度の速度で消滅していた。

アンモニアバーナーを工業現場に広め、
2050年カーボンニュートラルを実現したい
Promoting Ammonia Burners in Industrial Settings and Achieving Carbon Neutrality by 2050

産業界ではすでに、石油精製で得られたナフサを分解してプラスチックの原料を得る工程でのバーナーや、窯業の焼成工程で使うバーナーをアンモニアバーナーに置き換えようとする取り組みが始まっています。奥村さんは、そうした工業の現場で利用可能なアンモニアバーナーを世に送り出したいと考えています。工業炉として使うなら、環境基準を満たすアンモニア燃焼をいかに低コストで実現できるかが重要です。そこで奥村さんは、高価な水素を使わずにアンモニアのみで燃焼できる「アンモニア専焼バーナー」の研究も始めました。

アンモニアを燃やし続けるには活性ラジカルをいかに発生させ続けるかが重要だと、シミュレーション研究から分かった奥村さん。アンモニアと空気をあらかじめ混合した混合気をバーナーの底部から噴出させる主噴流に加え、バーナーの円筒側面からも吹き込んで炎を旋回させるトルネードバーナーを考案しました。

この研究では、東京大学のOakbridge-CXによるシミュレーションと実験を重ね、主噴流、旋回流それぞれの混合気のアンモニアと空気の比率、流速などを検討した結果、アンモニア専焼の条件を見いだすことに成功していますアニメーション1。NOxの量も2段燃焼法とトルネード効果によりもう少しで環境基準を下回るまでに減っており、さらに、アンモニアを大流量投入しても未燃焼のアンモニアを環境基準以下に減らせる技術が構築されてきました。

アニメーション1
トルネードアンモニア専焼バーナーのシミュレーションと実際の燃焼

トルネードバーナーでは、水素を使わず、難燃性物質のアンモニアだけで燃焼できる。その理由は、シミュレーションの結果から、主噴流と旋回流が相互に熱エネルギーや乱流エネルギー、ラジカルを供給しあうためであると分かった。現在ではここに示したバーナーに多くの改良が加えられ、環境基準を満たす排ガス特性に近づいている。

奥村さんは実験研究の強みを「シミュレーションの答え合わせができます。実験結果はまぎれもない事実。うまく燃焼しない場合でも、理論通りでなくても、それは実際に起こっている現象です」と強調した上で、「シミュレーション研究と実験研究は『車の両輪』」と言います。産業界で使われるアンモニアバーナーをいち早く世に送り出そうと、「両輪」を使いこなして研究を加速させる奥村さんは「燃焼技術についてはもう少しのところまで来ています。2050年に本当にカーボンニュートラルを実現したいです」と抱負を語ります。

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の略称。2020年10月に日本が宣言した「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策。成長が期待される14分野の1つとして「水素・燃料アンモニア産業」が挙げられている。 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 本文

研究課題名:高負荷燃焼とNOx低減の同時機能実現に向けたCO2フリー燃焼器の開発(hp200033)
高負荷燃焼とNOx低減の同時機能実現に向けたアンモニア燃焼バーナーの開発(hp200176)
CO2フリー燃焼に向けたアンモニアバーナーの最適化設計(hp210108)
脱炭素社会を目指したアンモニアバーナーの最適化設計(hp220009)
課題代表者:香川大学 奥村 幸彦

研究者紹介

香川大学創造工学部 教授 奥村 幸彦

子どもの頃から実験が大好きな理科少年だったという奥村さん。科学雑誌についてくる実験キットに夢中でした。燃える炭火を見ると「なぜ光り輝くオレンジ色なのだろう?なぜ燃え続けるのだろう?」と考えを巡らせる子どもでした。高度経済成長期に子ども時代を過ごした奥村さんは「CO2をこんなに出しても平気なの?森だけで吸収できるのかな?CO2が薄まるくらい地球は大きいのかな?」「臭くて淀んでいる大阪の川をこのままにしていてよいのかな?」と考えていました。そんな奥村さんは総合エネルギー工学を専攻し、汚染物質を出さない燃焼の研究を専門に選びました。長じて「人類がCO2を無分別に出しすぎて地球規模で弊害が起こるようになってしまった」と知った奥村さん。工業化を視野に入れて、CO2フリーバーナーの研究に果敢に取り組む姿勢の背景には、子ども時代からの思いがあるのです。

COLUMN Connect

COLUMN CONNECTは、計算科学の研究者によるリレー形式のコラムです。
研究者になったきっかけ、転機となった出来事、現在の研究内容などを研究者自身に綴っていただきます。

量子科学技術研究開発機構
関西光量子科学研究所
主任研究員

はた 昌育まさやすさん

全てを知っているかのような存在

研究者になるきっかけの一つは子どもの頃からの科学者への憧れでした。さまざまなゲームやアニメにでてくる科学者たちは全てを知っているかのような存在(例:ネモ船長やシュウ・シラカワ博士)で、とても格好良く見えたのです。

そんな子ども時代の憧れから私は名古屋大学理学部に進み、大学院進学時に研究者の道に進むことを決めました。博士を取得してからは、大学院時代のレーザー電子加速の共同研究のご縁で京都大学にてポスドクを勤め、その後、大学院時代のメインテーマであったレーザー核融合研究の共同研究のご縁で大阪大学のポスドクとなりました。そして、阪大在籍時にレーザーイオン加速の共同研究先であった今の職場に、3年前に移りました。現職場には、京大や阪大にいた時の学生が研究者となって先に働いていて、多くのご縁のおかげで今日まで研究を続けることができています。大学院時代の恩師は、サイドワークの大切さを説くとともに“一歩踏み出すことを恐れない”ということを教えてくださったのですが、メインテーマ以外の研究もためらわずに行ってきた結果が今につながっているのだと思います。

私の研究分野であるレーザーイオン加速では、現象の時空間スケールがミクロン・フェムト秒オーダーと小さく、時々刻々の変化の計測が困難であるため、古くからシミュレーションによる予測や解析が行われてきました。小さな空間で極短時間に起こる現象の計算なんてすぐ終わりそうに感じるのですが、大規模な計算だと数週間かかることもあります。一瞬の実験を数週間かけてスパコンで計算するというのは奇妙な感覚で、たくさん実験したほうが良いのではとも思えるのですが、それだけではわからないことがあるのがこの研究の面白さと言えるかもしれません。皆が不思議に思っている現象を試行錯誤してなんとかシミュレーションし、その現象の裏にある物理を理解した時、全てを知っているかのような存在に(一瞬だけ)なれるのです。

次は阪大在籍時に一緒にレーザー核融合の研究をしていた名古屋大学大学院理学研究科助教の白戸高志さんに繋ぎたいと思います。