vol.9 構造の分からない地殻の変形を予測する
常識を超えた大規模地震シミュレーション

構造の分からない地殻の変形を予測する常識を超えた大規模地震シミュレーション

「理想的なシミュレーションのためには、この計算をしたいけれど計算量が膨大すぎて不可能だ」。そんな問題をどう切り抜けるかはシミュレーション研究者の腕の見せどころです。地震シミュレーションを研究する市村さんは、理想の計算を今ある計算資源で可能にする計算技術をいくつも世に送り出してきました。「5年後、10年後にスーパーコンピュータ『富岳』のような計算資源を多くの方が使えるようになったときに、私たちの成果をベースにそれぞれの目的に合った改良をすればお使いいただけるような手法を追究しています」という市村さんの研究をご紹介します。

市村 強

東京大学地震研究所
計算地球科学研究センター
センター長・教授

市村 強

社会から求められる大規模な地震シミュレーション

首都直下地震や南海トラフ地震など、将来起こるとされる大地震にどのように備えるかを国などが決定するためには、より正確な地震の評価が求められます。いつ地震が起こるかは予知できませんが、これにより防災の専門家がより適切な対策や意思決定を行えるようになります。地震の定量的評価をするために統合的な予測システムを構築しようと2020年4月から「富岳」成果創出加速プログラム「大規模数値シミュレーションによる地震発生から地震動・地盤増幅評価までの統合的予測システムの構築とその社会実装」(代表:海洋研究開発機構 堀高峰氏)が行われています。

本プログラムで、革新的な地震シミュレーション手法を次々に創出しているのが市村さんです。市村さんの成果の中から代表的な2つのシミュレーションをご紹介します。

長年の課題だった震源から建物まで一気通貫のシミュレーション

地震のシミュレーションでは、震源で発生した波が地殻、地盤を伝わっていき、ビルや家屋などの構造物が揺れるまでを計算することが求められます。しかし、地殻・地盤中の波の伝播を正確にシミュレーションするには、地殻・地盤を細かい格子に切って計算しなければなりません。さらに、伝わった波による構造物の揺れのシミュレーションにも多くの計算が必要です。このため、広いエリアを対象として、震源から構造物までを一度に解析することは困難です。

「そこで通常は、震源から構造物までの間を何段階かに分けて、計算しています。例えば、地震動と地盤・構造物を分けるといった具合ですが、それでは、これらの相互作用を計算に正しく反映させられない場合があります」と市村さんは指摘します。「このやり方で正しい計算結果を得られるのか。なんとか一気に途切れることなく計算できないのか」という思いを抱いていたのです。

市村さんらは「富岳」を用いて、関東平野を含むエリアを対象として震源から構造物までを一気通貫にシミュレーション*1することに挑戦し、成功しました(図1)。そこには、「富岳」がデータサイエンスとシミュレーションの融合に適したコンピュータだという特性を存分に生かす工夫が盛り込まれています。市村さんは以前にAI(人工知能)を使った学習法*2を開発していましたが、これをさらに発展させたデータ学習法を使いました。シミュレーション途中の計算結果を蓄積し、そのデータをリアルタイムに学習することにより、その後で行う反復法という計算の初期値を高精度で推定します。そうすることで計算量を減らしシミュレーションを加速させているのです。これにより、スーパーコンピュータ「京」での最高性能の1070倍もの計算速度を達成しました。

図1

関東平野全域での、地震発生から構造物の揺れまで一気通貫のシミュレーション

この図の転載許可を申請中です。出典論文のFigure 1をご覧下さい。

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関東平野を含むエリア(東西256km×南北205km×深さ100km)の 地殻と地盤、ターミナル駅周辺の高集積都市からなるモデルをシミュレーションした。格子のサイズは約0.125~64mで、計算の規模は3200億自由度となる。計算した領域は、不均質な地殻上の軟弱地盤層、地上・地下構造物で構成される。構造物の複雑な形状は、最小0.125mの非常に細かいメッシュで詳細にモデル化している。
出典:T. Ichimura et al., HPCAsia2022: International Conference on High Performance Computing in Asia-Pacific Region

図中英語の和訳は以下の通り

上図
i)-a Fault slips and releases straini)-a 断層すべりとひずみの解放
i)-b Wave propagationi)-b 地震動伝播
ii) Wave amplificationii) 地震動増幅
iii) Seismic response of cityiii) 都市の応答
Crust地殻
Bedrock地盤
Surface soil表層土
Underground structures地下構造物
Buildingsビル
City都市
下図
Whole domain全領域
Domain of application simulationシミュレーション領域
Close-up view of the city都市の拡大図
Underground structure地下構造物
Underground passage with mesh visualizedメッシュとともに可視化した地下通路
(単位の)s

世界中が驚いた32兆自由度の大規模シミュレーション

市村さんらは、南海トラフのシミュレーションにも挑みました。断層がずれるという巨大地震直後に起こる地表面の変形の大規模なシミュレーション*3です。このシミュレーションの特徴は広域を扱っている上に「曖昧さ」を含むこと。普通なら計算量が膨大になってしまうためあきらめてしまうような無理難題です。

曖昧さを考慮するとはどういうことなのでしょうか。例えば、地殻の硬さは実際に掘って測定するわけではありません。ですから、その硬さを一つの値に決めることはできません。ある分布をもって「このような地殻の変形が、このくらいの確率で起こります」という結果で表すほうが、信頼性の高い結果と言えるのです。

このように確率を考慮しながら不確定な事象をシミュレーションする場合、通常は「モンテカルロシミュレーション」という方法が使われます。起こりうる範囲の値の中からランダムに数値を1つ選び出して計算することを繰り返していく計算法ですが、精度の高い結果を得るためには、例えば1万回以上の計算を繰り返す必要があります。そのため、広範囲の地震シミュレーションを行おうとすれば、たとえ「富岳」でも計算することはできません。

そこで、市村さんは確率有限要素法という計算法でシミュレーションを行いました。この計算法では、1回の計算で分布をもった結果が得られます。計算したエリアは日本列島全体をカバーする東西2496km×南北2496km×深さ1101kmで、計算の規模は約32兆自由度です。そもそも確率有限要素法の元となる有限要素法は大規模計算に向かないとされており、1000万自由度でも大規模とされ、せいぜい10億自由度くらいまでしか計算できなかったのですから、確率有限要素法で32兆自由度には世界中の研究者が驚きました。その上、市村さんの計算は、従来の最速記録の224倍の速さを誇っているのです。これだけ大規模な計算を速くできたのは、「富岳」をうまく使い、細かい格子による計算をきちんと実行できるようにしたからです。

図2

曖昧さを考慮した南海トラフ地震のシミュレーション

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南海トラフを中心として2496km×2496km×1101km のエリア(日本列島が全部入る)をシミュレーションした。下半分の地図はx、y、z方向の変形の大きさを表す。「平均(mean)」と「平均+3σ(σは標準偏差、この範囲内に入る確率は99.7%)」と「標準偏差(standard deviation)」のシミュレーション結果を図示。このように幅をもった結果を示すことでシミュレーションの品質が高まる。
出典:T. Ichimura et al., SC '22: Proceedings of the International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage and Analysis

この計算を実行するためのコードは何千行にもなる上に、人の手で書くとミスが起こってしまうような複雑な部分が含まれます。そこで、市村さんらは大規模計算を可能とする計算科学・計算機科学的な検討に加え、複雑なコードを書くためのコードをつくり、一部はコンピュータに自動的に書かせるという工夫もしました。

「不確定要素の定量化」を考慮した大規模で精密なシミュレーションを成功させたこの成果は、世界中から注目されています。この計算手法について市村さんは「大規模問題でこれまで曖昧さを考慮することをあきらめていた方々に『こんな解決法があったのか』と思ってもらえたことでしょう。他の研究から断層のずれの情報が得られれば、本研究を使って地表の変形がわかります。その変形の値は地震後の予測をするためのデータとして使えます。硬いものを取り扱える手法ですので地震以外にも応用できるのではないでしょうか」と説明します。

「このシミュレーションでは地震直後の変形を計算しましたが、時間をかけた変形や、もっと複雑な非線形の変形も解いてみたい」と市村さんは抱負を語ります。さらに複雑で、指数関数的に計算量が増える問題に取り組む意欲にあふれた市村さん。「あるべきシミュレーション」に近づくための革新的な手法を生み出し続けることでしょう。次なる一手に期待が高まります。

研究者紹介

研究者紹介
ラボメンバー写真。後列左から、准教授の藤田航平さん、市村さん、学術専門職員の長崎由美子さん。前列左から、博士課程3年の日下部亮太さん、同2年の村上颯太さん。

小説から科学まで、暇さえあれば本を読んでいる子どもだった市村さん。「この先どうなるのだろう?」と考えるのが好きでした。東京大学入学時は理系を選びましたが、2年生の終わりに専門を選ぶ進学振り分けでは文学部や経済学部への進学も真剣に考え、結局、幅広い学問に触れることが可能な社会基盤学の道に進みました。そして、卒論研究で始めた地震のシミュレーション研究に打ち込むようになったそうです。

研究課題名:
大規模数値シミュレーションによる地震発生から地震動・地盤増幅評価までの統合的予測システムの構築とその社会実装(hp200126/ hp210171/ p220171)
課題代表者:海洋研究開発機構 堀 高峰
(2022 ACMゴードン・ベル賞ファイナリスト研究成果)




コンピュータ内の宇宙

高須賀 大輔さん

九州大学総合理工学研究院
日本学術振興会特別研究員PD

いわもと まさのり
岩本 昌倫さん

私は幼少の頃から宇宙が好きで、将来は宇宙に関わる仕事がしたいと考えていました。その甲斐あってか、現在は高エネルギー宇宙物理学の研究者になることができましたが、スーパーコンピュータでの数値計算が主な研究手段になるとは思ってもいませんでした。

数値計算にはじめて出会ったのは大学3年の授業でしたが、それまではプログラミングとは無縁だったため授業を理解するのも一苦労でした。当時は数値計算にはそれほど興味を惹かれなかったのですが、大学4年に履修した演習で転機が訪れました。この演習では、数値計算を用いて、パルサーと呼ばれる高エネルギー天体を調べるというものでした。遥か遠方にあり巨視的な撮像しかできない高エネルギー天体を計算機内に再現することで、微視的な物理過程の議論を可能にするというのは、私にとって非常に新鮮でこの研究に没頭しました。これ以来、コンピュータ内の「宇宙」に魅せられて今に至っています。

大学院以降は、天体衝撃波を主な研究対象としています。宇宙は真空だというイメージを持っている方が多いかもしれませんが、実際は希薄なプラズマで満ちており、このプラズマ中に衝撃波が形成されます。このような天体衝撃波は、非常に高エネルギーの粒子を作ったり、宇宙で最も明るい光を放ったりしており、さまざまな高エネルギー天体の起源だと考えられています。これまでは名古屋大学のスーパーコンピュータ「不老」を使って2次元の数値計算を行っており、高エネルギー粒子が生成される過程を明らかにしました。この高エネルギー粒子は光を放射して高エネルギー天体を明るく輝かせたり、宇宙線として地球に飛来していたりします。最近では「富岳」を使い、3次元に拡張した数値計算を行っています。コンピュータ内により現実的な「宇宙」を再現することで、高エネルギー天体のミクロな物理を解明していきたいと考えています。

次回は私の大学時代の先輩である、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の庄田宗人助教につなぎます。

天体衝撃波の2次元数値計算の一例。衝撃波の直上流で高エネルギー粒子が生成されている。
天体衝撃波の2次元数値計算の一例。衝撃波の直上流で高エネルギー粒子が生成されている。

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