vol.5 安全で高性能な次世代蓄電池の開発に
計算科学・データ科学で貢献

安全で高性能な次世代蓄電池の開発に計算科学・データ科学で貢献

気候変動問題に対処するため、日本を含む多くの国々が、2050年までに温室効果ガスの排出を差し引きゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと宣言しています。その実現の切り札の一つとして期待されているのが、電力を効率的に利用するための高性能な蓄電池です。中でも全固体電池は電気自動車用として期待を集めており、世界中で開発競争が繰り広げられています。全固体電池の開発に計算科学・データ科学の力で貢献すべく、館山さんのグループはスーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム課題の一つ「『富岳』電池課題*1」において材料探索と動作機構解明に取り組み、着々と成果をあげています。

館山 佳尚

物質・材料研究機構
エネルギー・環境材料研究拠点
界面計算科学グループ
グループリーダー

館山 佳尚

電気自動車の普及に欠かせない全固体電池

電気自動車は走行時に二酸化炭素を発生しないため、必要な電力を再生可能エネルギーから得ることで、トータルの二酸化炭素排出量をガソリン車に比べ大幅に削減できると期待されています。電気自動車の普及において重要な要素の一つが電池の開発です。現在の電気自動車に搭載されているのは、モバイル機器用蓄電池と同じしくみのリチウムイオン電池で、燃えやすい電解液が使用されているため厳重な安全対策が必要となっています。そこで、電解液の代わりに燃えにくい固体電解質を使用する全固体電池の研究開発が、自動車メーカーなどの企業や大学・研究機関でさかんに行われています。

「全固体電池は安全性向上だけでなく、高性能化も可能です。従来のリチウムイオン電池以上のエネルギー密度やパワー密度によって、電気自動車の航続距離を延ばしたり、加速力の向上や充電時間の短縮ができたりすると期待されています」と、館山さんは全固体電池のメリットを語ります。

しかし、全固体電池の開発は簡単ではありません。最大の課題は、リチウムイオンをよく通す固体電解質が必要なことです。従来型でも全固体電池でも、リチウムイオン電池では充放電のときにリチウムイオンが正極と負極の間を移動します(図1)。従来型ではリチウムイオンが電解液の中を速く移動できますが、全固体電池では固体電解質の粒子の中を通り抜けるので移動が遅くなりがちで、充放電性能など、電池としての性能を十分に発揮できないのです。

図1

従来型リチウムイオン電池と全固体電池

従来型(a)は正極と負極の間に電解液が、全固体電池(b)は固体電解質が入っている。どちらも正極と負極の間をリチウムイオンが行き来することで充放電が行われる。

従来型リチウムイオン電池と全固体電池

このため、実験の研究者は様々な固体電解質の候補物質を用いて電池を試作し、リチウムイオンをより速く通すものを見つけ出そうとしていますが、固体電解質の候補物質は膨大な数にのぼるため、実験で見つけ出すには長い時間と多くの人手が必要です。こうした背景から館山さんたちは、「富岳」をはじめとするスパコンを活用して固体電解質の探索に取り組んでいます。

機械学習も駆使し、固体電解質として有望な物質を探索

リチウムイオンを速く通す物質を効率よく探索するため、館山さんのグループのランディ・ハレムさんは新たな計算手法を開発しました(図2)。まずデータベースにある既知の物質の構造をもとにして、まだ知られていない物質を計算機の中で何万種類もつくりだします。次に、これらの物質の中から、リチウムイオンの通り道の形や、通り道の周囲の元素の種類などを手がかりにして、候補を絞り込みます。そして、その中から、ベイズ最適化法という機械学習法を使ってイオンを速く通すものを選び出します。

図2

計算による固体電解質の探索方法とこの方法を開発したランディ・ハレムさん

探索では、①データベースにある結晶構造をもとに、原子を入れ替えるなどして数万個の固体電解質の構造をつくり、②その中からリチウムイオンの通り道の形や通り道の周囲の元素の種類などをもとに候補を絞る。③絞られた候補の中から、リチウムイオンを速く通すものをベイズ最適化法で選び出す。こうして発見された候補物質は東京工業大学の実験の研究室で実際に合成された。

計算による固体電解質の探索方法とこの方法を開発したランディ・ハレムさん

「私はこの手法で有望な候補を2つ発見しました。この候補物質は実験の研究室で実際に合成されており、性能テストも行われる予定です」とハレムさん。大規模な計算で合理的に候補を選び出すことにより、研究をスピードアップできることが実証されたのです。

「物質探索計算では何度も計算のループを回す必要があるため、『京』を使っていたときには計算に数週間もかかりました。性能の高い計算ノードを数多く備えた『富岳』ではずっと速く計算できるので、さらに多くの物質構造からスタートして有望な候補を見つけようとしています」と、ハレムさんは張り切っています。

性能劣化を防ぐ界面制御法を大規模計算で探る

全固体電池開発におけるもう一つの大きな課題として、電極物質と固体電解質の界面の制御があります。なかでも重要なのが「コート層」の研究開発です。「実は、全固体電池では充放電の繰り返しによる電池性能の劣化が起こりやすく、それを防ぐには電極物質の表面に薄いコート層をつけるのが有効だとわかっています。しかし、劣化抑制のメカニズムは不明なため、実験の研究者はコート層に用いる物質や厚さをどのように決めればよいのか困っているのです」と説明する館山さん。実験の研究者からの期待に応えるべく、電極物質-コート層-固体電解質の間でのリチウムイオンや電子の動きを計算科学で解明する研究に取り組んでいます。

計算に用いているのは、人工知能技術をベースに独自開発した「ヘテロ界面CALYPSO法」です(図3)。2種類の固体が接する界面では、両方の固体に由来する様々なイオンや原子が様々な配置で存在する可能性があります。ヘテロ界面CALYPSO法では、イオンや原子を配置した界面構造を何万通りもつくりだし、それぞれの構造のエネルギーを効率的に計算することで安定な(実際に出現する可能性の高い)界面構造を探し出します。館山さんはこの方法で、電極物質-コート層界面と、コート層-固体電解質界面の安定な構造を求めることに成功しました(図4)。多数の界面構造から安定な構造を自動検索するシミュレーション技術は館山さんらがはじめて開発したものですが、計算能力の高い「富岳」で計算することにより、膨大な数の界面構造を対象として検索することが可能になりました。館山さんらはさらに、求めた構造においてリチウムイオンや電子の挙動の解析を進めており、コート層による劣化抑制のメカニズムが次第に明らかになっています。

図3

ヘテロ界面CALYPSO法のイメージ

まず、2種類の固体(AとB)の間の界面に、AとBに由来するイオンや原子を様々に配置した構造を何万通りもつくりだす。個々の構造についてエネルギーを計算しながら、イオンや原子の位置を最適化していく。その中から、エネルギーの低い(安定な)構造を選ぶ。

ヘテロ界面CALYPSO法のイメージ

図4

コート層の研究

コート層は、電極物質(ここでは正極物質の例を示す)と固体電解質の間に挟まるように存在する。電極物質や固体電解質の粒子サイズは数μmであるのに対し、コート層は数nmと非常に薄い。研究では、電極物質-コート層界面、コート層-固体電解質界面にヘテロ界面CALYPSO法を適用して安定な界面構造を求め、その構造の中でのリチウムイオンや電子の挙動を解析する。右の図は、電極物質-コート層界面の安定な構造を求めた例。なお、図中に化学式で示した固体電解質やコート層物質は一例であり、実際には様々な物質の組み合わせについて計算を行う。

コート層の研究

「コート層に限らず界面の制御は全固体電池開発の鍵となる部分ですから、実際に起こっている現象のメカニズム解明を通して界面設計指針の立案に貢献したいと考えています。界面構造のエネルギー計算には『第一原理計算*2』という精密な方法を使うので、1つの構造のエネルギーを計算するだけでも膨大な計算量となりますが、『富岳』なら多数の構造のエネルギーを並列で一気に計算できるので研究がどんどん進みます」と館山さん。『富岳』での計算は実験による研究とあいまって、全固体電池の研究開発を格段に加速してくれます。計算科学・データ科学は高性能全固体電池の実現に貢献し、ひいては、電気自動車の普及を通じてカーボンニュートラルの実現に貢献することが期待されているのです。

研究者紹介

研究者紹介

館山さんが研究者になったのは、小学生のときにランダウという物理学者の伝記を読み、ランダウの科学に対する真摯な姿勢にあこがれたのがきっかけだそうです。研究のモットーは「世界初となるような研究をすること」。このモットーを実現するために大切にしているのは、いろいろな立場の人と積極的にコミュニケーションをとることです。会話の中から学ぶことも多く、実験の研究者とのやりとりから研究のタネが見つかることもあるといいます。おいしいお酒や食事はコミュニケーションの潤滑剤でもあり、楽しみでもありますが、コロナ禍のため今はちょっとお預けです。

研究課題名:
次世代二次電池・燃料電池開発によるET革命に向けた計算・データ材料科学研究(hp200131/hp210173)
課題代表者:物質・材料研究機構 館山 佳尚




スクラッチからのモデル作り

富田 浩文さん

理化学研究所 計算科学研究センター
複合系気候科学研究チーム
チームリーダー

とみた  ひろふみ
富田 浩文さん

現在は気象・気候学に携わっていますが、もともと大学では航空工学を専攻していました。決して真面目な学生ではなく、興味あることしか勉強しない学生でした。当時の指導教官の阿部寛治先生は良い意味での放任主義で、研究テーマも自力で探すように言い渡されました。当時、私の興味は、流体力学の中でも非常に古典的なテーマの一つであるベナール対流のレジーム問題でした。「どうして六角系型の対流になるのか、その特性的な距離は何で決まるのか」に私なりの理屈をつけると意気込んでいました。今にして思えば、ここでの苦労、研究実施、自分が納得できる解への到達方法の試行錯誤が、その後の研究者人生のスタンスを決めているように思います。

博士課程3年生の時、当時の地球フロンティア研究システムというプロジェクトにテクニカルスタッフとして応募しました。その際に博士論文のドラフトをご覧になったシステム長の松野先生の目に留まり、研究員として採用しますと言っていただきました。右も左もわからない地球科学の世界へ出たとこ勝負で飛び込みましたが、米国から帰国されていた大気力学の栗原先生に、地球科学の基礎や気候モデリングについて深く教えていただけたことは大変幸運でした。

当時の研究テーマは、次世代超並列計算機に耐えうる全球大気モデルの研究開発で、土台となるモデルを一から自由に作るということに大変魅力を感じました。高解像度化で問題となりつつあった方程式系と計算手法を、従来の方法から大きく変更するモデル開発は暗中模索でもありました。現・東京大学の佐藤正樹教授と二人三脚でやってきました。最初のマイルストーンは、全球非静力学モデルで雲をあらわに表現する最初のモデルNICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model: 非静力学正20面体格子大気モデル; (図参照))による熱帯の雲クラスタの解像構造の再現でした。2004年に世界に先駆けて行ったこの実験の成功が大きな自信になりました。

理研には2011年に着任しました。上記のNICAMを駆使しながらも、若い人たちと更に新しいモデル作りを始めました。理由の一つは、私自身がNICAMにはまだまだ満足していなかったこと、もう一つはモデル作りをする人が当分野では絶滅危惧種になりつつあった、ということです。よりよいモデルを多くの気象・気候コミュニティに提供し、その中で後進を育て恒常的に発展させていく。更に一級のサイエンスを標榜し成果を出していく。四苦八苦の多い10年でした。その間に「富岳」の開発にも深く関わり、今はモデル作りそのものにデータ科学を利用することによって、モデル構築手法のブレークスルーを目指しています。

次回は、複合災害への防災研究を一緒に実施してきた神戸大学の大石哲教授へバトンタッチします。

NICAMで用いられている正20面体格子
図:NICAMで用いられている正20面体格子
正20面体から出発し(glevel-0)各三角形を4つの三角形に分割していく。このプロセスを繰り返して格子点を球面一様に増やしていく。最後に、格子点を最適化し精度を高める。

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